カウンセラー・セラピスト・コーチの自宅サロン開業レッスン

カウンセラーが提供できる5つの価値

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精神疾患精神疾患の患者数は増加の一途をたどっている。僕は専門家ではないので、病気なのか、病気ではないのかの判定ができない。

だから人と付き合う時は、普通に見ることができるようにしたいと思っている。心理学を学んだときは、人の脳の機能や心のことが面白くて、気分が上がったり下がったりする仕組みを知ることで、どんどん相手のことをわかったつもりでいた。

今から考えれば、そんなことは血液型占いの進化形程度で、自分の想像を超える心配性の人や想定外の批判をしてくる人を「病気だから」と評していたことがはずかしい。

 

社会全体を見ていると、精神的なバランスを崩す人はもっと増えていくだろう。僕はビジネスマンなので、経済的な観点から見ると、尋常ではないくらい格差が大きくなっている。

 

「一億総中流社会」と言われていたのが信じられないくらいだ。

世の中にお金に不安のない人がいるかどうかはわからないけど、生活に窮するレベルの人の増加と共に精神疾患も増えると予想する。

他人事が自分事になった瞬間に、精神のバランスは崩れかける。

こうした中で、医療以外のカウンセリングの仕事のニーズは大きくなるだろうし、カウンセリングを仕事にしたい人も多い。ほとんどのカウンセラーさんは善意から職業を選ぶのだけど、時に「慣れ」は不用意な言葉を吐き出してしまうことがある。

これからカウンセラーを目指す人に、カウンセラーさんと仕事をしてきたコンサルタントの目から、カウンセラーさんがクライアントに提供できる価値について考えてみる。

 

 

 

病気か病気でないか?

GTY0019697101大前提をお話しすると、病気の診断をすることができるのは、国が認めた医師だけだ。

だからどんな優秀なカウンセラーであろうとも、クライアントの症状を判断しても、診断はできない。だから、カウンセラーの口から「病気」という言葉が出ること自体に問題がある。これは臨床心理士でも同じで、診断ができるのは医師だけだ。

当然ながら、治療行為もできず、「カウンセリング」を仕事にするなら、診断・治療以外の価値を提供する必要がある。

病気か病気でないかを判断する資格はないということを強調しているのは、誰もが心のバランスを崩す可能性を秘めた社会に僕らが暮らしているからだ。

 

多少恥ずかしい告白をすると、僕自身も強迫神経症ではないかと不安になることが多い。

例えば、

時間に遅れそうになっている時は、心臓の鼓動が極端に上がり、冬でも脂汗が出る。連絡して「いいですよ」と言ってもらえたとしても、人の時間を無駄にした自分が最低最悪の人間ではないかと思えてしまう。加えて、方向感覚に難があり、地図を見て現地に行くことがとても困難なので、初めての場所は、だいたい約束の30分前に行く。運よく早めに着いたら、近くのカフェで仕事をする。

忘れ物が多いので、3日に1日ほどは何かを取りに帰る。また、鍵を掛けたかどうかが思い出せない、ガスは、電気は?と考えると、気になって仕方がない。

 

成功する可能性と失敗する可能性を天秤にかけたら、失敗のイメージが大きい。だから、ダメだった時のセーフティネットを引いてからでないと動けない。

無性に怒りを感じることもあるし、誰とも話をしたくなくなることもある。

幸いに、僕は経営者なので、上司に評価されることはないし(お客さんにはある)、一人になりたければ一人になる時間を作ることもできる。

今のところ、少額ながら何とかお金も回っているので、精神的なバランスを保つことができているけど、サラリーマンをやっていて、給料が下がって家族が生活に困るような状況になればどうなるかわからない。

たぶん、がんばるしかないのだけど、非常に周囲に攻撃的になる自分は想像できる。

その時、人によっては、僕を「病気だ」と評するかもしれない。

 

 

 

カウンセラーの提供できる価値1:きく

「きく」には3つの漢字がある。

聞く

訊く

聴く

以前に支援をさせてもらっていた子どもの心のコーチング協会では、

「聞く」を子どもの声をきく

「訊く」を子どもに質問する

「聴く」をママが自分の心をの声をきく

という定義をしていた。

とても素敵な定義だと思う。

きくには、相手の心を開き、自分の心を開くという価値がある。

カウンセラーの第一の価値とは、そこにいて耳と心を澄ますということになる。

 

 

カウンセラーの提供できる価値2:共感する

family-515530_960_720人はわかってもらえた時に、安心と喜びを感じる。

共感とは相手への理解であり、共に過ごす時間を感じるということだと思う。

共感とは、同じ考えになることではなく、納得する必要もない。

ただ、その人の状況と心をわかるということだ。

自分の考えと違っても問題はない。その人を理解できれば、反論の必要はない。

 

共に時間を感じるということが、カウンセラーがクライアントに提供できる第二の価値だ。

 

 

 

カウンセラーの提供できる価値3:知識

話を聞いてほしい人はアドバイスを求めていないことが多い。

しかし、自分の思い通りにならない状態に心を痛めている。

自分では解決策が見つからない。

そんな時に、人の心や体の仕組みについての知識を提供することが有効になる場合がある。

 

例えば、

焦りすぎる人に、心の動揺は体の動きや臓器の機能に影響を与えるというような知識を提供することで、クライアントは、自分の状態を理解する第一歩を踏み出すことができるかもしれない。

知識の提供はアドバイスではない。

「だから、こうしたほうがいい」というのは、せっかく築いた信頼を失くしてしまうこともある。

先人が導き出した人間の叡智をお借りすることが、カウンセラーがクライアントに提供できる第3の価値だ。

 

 

 

カウンセラーの提供できる価値4:意外性

心を痛めている人の多くは、自分をマジョリティだと考えている。

たとえマジョリティだとしても、法的な問題がない限り、否定されるものではない。

 

人はそれぞれ違う。

違いを認めるとは、マジョリティを肯定することだ。

少数であること、他人と違うこと、同調できないことに疎外感を感じてきたい人は、カウンセラーの肯定により、今まで感じたことのない気持ちになることが多い。

メンタル系の講座をお手伝いしていて驚くのは、右脳型の参加者が圧倒的に多いということだ。僕の経験上だけど、世間的に見れば左脳型(僕はそうだと思う)が多いはずだ。

だから、右脳型であることを肯定するだけでも、講座の雰囲気は良くなる。

 

意外性を提供するためには、自分の存在に気づく質問が有効になる。

「がんばりすぎていませんか?」

「いままでで最もあなたを認めてくれた言葉はなんですか?」

自分の存在を肯定するために意外性は、カウンセラーが提供できる第4の価値となる。

 

「あなたはあなたのままでいい」という言葉が心に届くのは、この後だ。

 

 

 

カウンセラーの提供できる価値5:気づき

カウンセラーがクライアントに提供できる最も高い価値は、「気づき」だと思う。

気づきとは、新しい世界を垣間見るということだ。

自分の想像しない世界があるかもしれないという好奇心は人を動かす原動力となる。

価値の4までは、カウンセラーが鏡となり、クライアントが自己を承認していくまでのステップであるとしたら、最後の価値は、「新しい世界を見せる」ということだ。

 

「見せる」というのは適切でないかもしれない。

クライアントが自ら、「新しい世界を見るための支援」というのが正しいかもしれない。

 

気づきとは、一歩を踏み出す勇気のきっかけを提供することだ。

 

「ちょっとした勇気があれば成し遂げられそうなことはなんですか?」

「あなたを求めている人は誰ですか?」

新しい世界の扉を開くお手伝いをすることが、カウンセラーが提供できる第5の価値だ。

 

カウンセリングの仕事は、人の心に寄り添う仕事なので、高度な知識とコミュニケーション力が要求される。

コミュニケーション力とは、クライアントに対してだけでなく、自分との折り合いをつけておくということでもある。

しかし、自分との折り合いをつけるのは、時にクライアントに接するよりも難しい。

自分との折り合いに苦しんでいるカウンセラーを称して、「自分と向き合えてない」と批判する人がいるのだけど、僕が考えているカウンセラーの価値を前提にすると、「人を評価する」という価値は見当たらない。

 

質問は以下の本を参考にさせていただいた。

 

まとめ

カウンセラーの仕事は、体か心のバランスを崩した人と接することが多い。

経験が未熟だと攻撃的なクライアントに恐怖を感じることもあるが、その人が病気であるかどうかはわからない。

自分の手に負えないと思った時は、手を引く。だだそれだけでいい。

仮に、自分と向き合えないカウンセラーがいたとしても、他人や自分と対話する勇気を持っていれば、十分に優秀なカウンセリングができていると思う。

 

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